雪女 田中貢太郎
多摩川(たまがわ)縁(べり)になった調布(ちょうふ)の在に、巳之吉(みのきち)という若い木樵(きこり)がいた。その巳之吉は、毎日木樵頭(さきやま)の茂作(もさく)に伴(つ)れられて、多摩川の渡船(わたし)を渡り、二里ばかり離れた森へ仕事に通っていた。
宝蔵の短刀 田中貢太郎
御宝蔵方になった小松益之助は、韮生の白石から高知の城下へ出て来て与えられた邸へ移った。その邸は元小谷政右衛門と云う穀物方の住んでいた処であったが、その小谷は同輩の嫉妬を受けて讒言(ざんげん)せられ、その罪名は何であったか判らないが、敷物方と云うから何か己(じぶん)の出納していた職務のうえからであろう、とうとう切腹を命ぜられてその家財は皆没収せられ、その跡の邸は足軽などが住むようになっていたが、不思議なことがあると云って入る者も入る者もすぐ出てしまって、その時分は暫く空家になっていたのであった。そして、その邸に沿うた路は小谷横町と云って女や子供は夕方になると通らなかった。
蛇性の婬 雷峯怪蹟 田中貢太郎
紀(き)の国(くに)の三輪(みわ)が崎(さき)に大宅竹助(おおやのたけすけ)と云うものがあって、海郎(あま)どもあまた養い、鰭(はた)の広物(ひろもの)、狭(さ)き物(もの)を尽して漁(すなど)り、家豊(ゆたか)に暮していたが、三人の小供があって、上の男の子は、父に代って家を治め、次は女の子で大和(やまと)の方へ嫁入し、三番目は又男の子で、それは豊雄(とよお)と云って物優しい生れであった。常に都風(みやび)たる事を好んで、過活心(わたらいごころ)がないので、家の者は学者か僧侶かにするつもりで、新宮(しんぐう)の神奴(かんぬし)安部弓麿(あべのゆみまろ)の許(もと)へ通わしてあった。
首のない騎馬武者 田中貢太郎
越前(えちぜん)の福井(ふくい)は元北(きた)の庄(しょう)と云っていたが、越前宰相結城秀康(ゆうきひでやす)が封ぜられて福井と改めたもので、其の城址(じょうし)は市の中央になって、其処には松平(まつだいら)侯爵邸、県庁、裁判所、県会議事堂などが建っている。そして、柴田勝家(しばたかついえ)の居城の址(あと)は、市の東南の方角に在って、明治四十年までは石垣なども残っていたが、四十年になって市中を流れている足羽川(あすばがわ)を改修したので、大半は川の底になってしまった。
怪譚小説の話 田中貢太郎
私は物を書く時、面白い構想が浮ばないとか、筋が纏(まと)まらないとかいうような場あいには、六朝小説を出して読む。それは晋唐(しんとう)小説六十種で、当時の短篇を六十種集めた叢書であるが、それには歴史的な逸話があり、怪譚があり、奇譚(きたん)があって、皆それぞれ面白い。泉鏡花(いずみきょうか)子の『高野聖(こうやひじり)』は、その中の幻異志(げんいし)にある『板橋三娘子(はんきょうさんろうし)』から出発したものである。板橋(はんきょう)に三娘女(さんろうじょ)という宿屋をしている老婆があって、それが旅人に怪しい蕎麦(そば)の餅(もち)を啖(く)わして、旅人を驢(ろば)にして金をもうけていたところで、趙季和(しょうきわ)という男がそれを知って反対(あべこべ)にその餅を老婆に啖わして老婆を驢にしたという話で、高野聖では幻術で旅人を馬にしたり猿にしたりする美しい女になっており、大体の構想に痕跡の拭(ぬぐ)うことのできないものはあるが、その他は間然(かんぜん)する処(ところ)のない独立した創作であり、また有数な傑作でもあって、上田秋成(うえだあきなり)が『西湖佳話(せいこかわ)』の中の『雷峯怪蹟(らいほうかいせき)』をそっくり飜案して蛇性の婬(いん)にしたのとは甚(はなは)だしい相違である。
阿芳の怨霊 田中貢太郎
由平(よしへい)は我にかえってからしまったと思った。由平は怯(おく)れた自分の心を叱って、再び身を躍らそうとした。と、其の時背後(うしろ)の方から数人の話声が聞こえて来た。由平は無意識に林の中へ身を隠した。間もなく由平の前に三人の人影が現われた。それは宇津江(うづえ)帰りらしい村の壮佼(わかいしゅ)であった。壮佼たちは何か面白そうに話しながら通りすぎた。由平はほっとした。
狼の怪 田中貢太郎
日が暮れてきた。深い山の中には谷川が流れ、絶壁が聳え立っていて、昼間でさえ脚下に危険のおおい処であるから、夜になっては降りることができない、豪胆な少年も当惑して、時刻に注意しなかったことを後悔した。彼はしかたなしに大きな岩の下へ往って、手にしていた弓を立てかけ、二疋の兎を入れている袋といっしょに矢筒も解いて凭(もた)せかけた。
一緒に歩く亡霊 田中貢太郎
「老媼茶話」には奇怪な話が数多(たくさん)載っている。この話もその一つであるが、奥州の其処(あるところ)に甚六と云う百姓があった。著者はその人となりを放逸邪見類なき者也と云っている。兎に角冷酷無情の男であったらしい。
妖怪記 田中貢太郎
お作の家には不思議なことばかりがあった。何かしら家の中で躍り狂っているようであったり、順序を立てて置いてある道具をひっかきまわしたり、蹴散らしたり投《ほう》りだしたり、また、お作がやっている仕事を何者かが傍から邪魔をして、支えたり突きやったり、話していることを傍で耳を立てて聞いていたり、それを仲間同士で嘲ったり、指をさして笑ったり、それは少しも眼には見えないけれども、何かしら奇怪なことばかりであった。
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